桜はただそこに立っていてるだけで、みんなの心を和ませる

桜が満開になって感じたこと

桜は、ただそこに立っていて、美しい花を咲かせているだけ

大きな大木も、桜並木も、そしてまだ小さい桜の樹も


その花を見て感じる色々なこと

「春が来てうれしい」

「きれい」

「心が和む」

「新しい始まり」

「たのしい」e.t.c


それは桜が感じてほしくて言っているものではなく

桜を見た私たちが勝手に感じていること


桜はただ、そこに立っていて時期が来たから花を咲かせた、、、ただそれだけのこと



アートも同じなんだろうなと思った。


ブログ等で拝見する、いろいろと「語る」場合、


その語るが技法的なものや描いたときの意図などだったら抵抗ないけれど


私色に感じて!!!が強すぎると、、、


その語るが自分に酔っていて何が言いたいのか伝わらなかったりもする。
特にアート関係に思想的な理想やスピリチュアルの(詳しい)語りはいらないと私は思う。

本当のスピリチュアルアート、チャネリングアートなら、絵が全てを語るからわざわざ細かい解説は要らないでしょう。
細かい解説が必要な時点で勘違いアートだよと思う(笑)




絵を教えるというのも同じ、習った方が花開く、表現や考えの自由を邪魔しちゃいけない





、、、でもね。


その表現の自由を勘違いして人から習ったものを

自分は考えたものにしてしまう方もいます。

また、〇〇協会などを作ってしまう方もいます。


「生みの苦しみ」を知らないから、悪気なくする方がいる現実

「認定講座」というものにしないと自分の生んだものが守れない現実、

そして「認定講座」にしても守り切れない現実



きれいに咲いている桜の枝を折って挿し木して取り繕っても
それは貴方の咲かせた桜の花じゃない。
枯れてしまうかもしれない。枯れたらどうするの?


また、他の桜の枝を折りにくるの?


枝を折られた桜の樹は、また枝を折られるんじゃないかと不安になる。

でも本当は、貴方自身が桜の樹として、成長して

花を咲かせて楽しんでくれるのが一番うれしいと思っているんです。



(追記)他の人が作ったシステムで認定を受けたにもかかわらずブログやホームページで批判している人って?と思う。それを習ったことで少なからず得たものはあるはずです。特にそれで一度でも収入を得たのならなおさらやっちゃいけない事だと思うけどな。





Mandala artist Reiko N * Gakusetsu

曼荼羅アートを描いています。

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